「僕は君さえ居てくれれば、世界が滅んだって構わないよ」
「…いきなり何言ってんだお前」
物騒な発言に顔を顰めながら読んでいた本から顔を上げると、綺麗に笑うジェームズと視線が合う。
妖艶で、そしてどこか残酷さを秘めた笑顔に、少しだけ怯んでしまった。
そんな俺を見て、より一層笑みを深くする。
それは、先ほどの発言が本気なのだと、俺に分からせるには十分だった。

「シリウスが居れば、他は何もいらない」
「シリウスの居ない世界なんて、僕はいらない」
「シリウスが傍にいてくれれば、他はどうでもいいんだ」

綺麗な笑顔で淡々と告げられた言葉。
いきなりの発言に最初は驚いたけれど、聞いているうちに、彼の表情を見るうちに、込められた意味に気づく。
俺は小さく溜息と苦笑を溢して、ベッドに横たえていた身体を起こして、ジェームズと向き合うように座る。
ついでに本も閉じて、ベッドの脇に置いた。

「何かあったのか?」
なるべく優しく微笑みながら問いかける。
ああそういえば、まだまだ幼かった頃。いきなり自室にやってきた弟相手にこういう風に接したこともあったっけ。
怖い夢を見たと、泣きながら俺のベッドにやってくる弟。
今のジェームズは、その時のレギュラスにそっくりなのだ。
作り物の笑顔の下で、今にも泣きそう。

右手を伸ばして、ジェームズの左手に添えれば、ジェームズの仮面が崩れる。
今にも泣き出しそうな瞳を、隠すように顔を下に向けた。

「…どうして君はこういう時だけ鋭いんだい」
「お前が分かりやすいんだよ」
いつも不敵なジェームズがこんなに弱ったところを晒すのはとても珍しい。
俺にそんな姿を見せてくれるのが嬉しくて、俺は顔が緩むのを止められない。
「何がそんなに可笑しいの」
笑っている俺が不服なのだろう。
上目遣いで睨んでくるけど、そんな姿に俺はまた笑ってしまう。

「僕のこと馬鹿だと思ってるんだろ」
「そんなこと思ってねぇよ」
「じゃあ何でそんなに笑っているの」
「お前が愛しいからだろ」

俺の言葉にジェームズは口を尖らせる。
そして身を乗り出して、俺を抱きしめた。いや、抱きついたと言った方が正しいかもしれない。

「何でそんなにかっこいいの」
「俺はいつでもかっこいいだろ」
少しからかう様に言えば、ジェームズは俺を抱きしめる腕に力を込めた。
やれやれと思いながら、俺はジェームズの背中をあやす様に撫でる。

「ねぇ、シリウス」
「どうした?」
震えた声で、俺の名前を呼んで縋るように抱きついてくるジェームズに、優しい声で問いかける。
なるべく、彼が言いたいことを言いやすいような雰囲気を心がけた。
いつもいつも不屈で不敵で、俺を甘やかすのが大好きなジェームズ。こんな時くらい、ジェームズを全力で甘やかしたい。

「好き。大好き。愛してる」
俺の肩に顔を埋めている所為でくぐもっている声に俺は彼の背中を撫でながら答える。
「うん。俺も愛してる」
「僕を一人にしないで」
「ずっと傍に居るよ」
だから、大丈夫だよ、と彼の背中を撫で続ける。
大丈夫、大丈夫だよ、と続けて言えば彼は強張っていた身体から少し力が抜けた。

ふわふわのクセっ毛に手を回して頭を撫でれば、俺の頭にジェームズの手が添えられた。
そしてそのまま、ジェームズは俺の頭を抱え込んだ。
おかげで俺はジェームズの胸元に顔を埋める形になる。

「ねえ、キスしてもいい?」
「…あんま調子に乗ると殴るぞ」
「はははっ」
震える胸元に、俺は安堵の溜息をついた。どうやら知らないうちに緊張していたらしい。
らしくもなくジェームズが弱さを見せてくるから、俺も凄く不安になってしまったのだ。
お前が嬉しいと俺も嬉しいし、お前が辛いと俺も辛い。
だから、お前にはいつものように王様のように笑ってて欲しいのだ。

「…昼間、君が告白されてるのを、見たんだ」
「……うん」
「君が断るってことは最初から分かってたから、そのことで不安になったりはしてないんだけど」
「すげー自信だな」
「…最初は自信あったんだけどね。いざ君が告白を断る姿を見たら、なんだか不安になった」
「何に?」
「いつか僕も振られるのかなぁって」
「…俺が嫌がっても、お前は付きまといそうだけどな」
「まぁそう簡単に逃がすつもりはないけどね」

「でもね、」
ジェームズが身体を離して、俺の頬に手を添えた。視線が、交わる。
「君に嫌いだと言われることを、想像しただけで僕は壊れそうになった」
「……お前、馬鹿だな」
「うん。僕は馬鹿だ」
「俺は、お前が嫌だって言っても、傍に居るよ」
「僕が君を嫌になるわけないじゃないか」
「それじゃ俺だってそうだろ。俺とお前は魂の双子なんだから」
俺とお前は一心同体なのだから、お前がそう思うなら俺だってそう思うだろう。
そもそも、俺たちが離れ離れになるなんて、俺には想像出来ない。
お前は俺の半身で、俺はお前の半身。二人で一つなのだから、一緒にいるのが当たり前じゃないか。

「うん。…ねぇ、キスしていい?」
「…したいならいちいち聞かないで、すればいいだろ」
瞳を真っ直ぐ見つめながらそう問いかけてきたので、俺も真っ直ぐ見つめながら答える。
いつもは勝手にしてくるくせに、わざわざ問いかけてこなければならないほど、不安にならなくてもいいのに。
俺は嫌じゃないのだと、彼に伝えるために真剣に彼の瞳を見つめた。
すると、ジェームズは、一気に表情を緩めた。
それはそれは、嬉しそうな、笑顔。

「本当、君には敵わないな」
「お互い様だろ」

そうして2人で声を出して笑い合った。
たまに弱いところ見せてくれるのも嬉しいし、俺の前で泣きたいなら好きなだけ泣けばいい。
けれど、やっぱりお前とは一緒に笑い合ってるのが一番幸せだと思う。
大丈夫だよ。喧嘩したって、俺がお前のこと嫌いになるわけないんだから。絶対嫌いだなんてお前には言わないから。
俺の想いを言ってお前が安心するならば、いくらだって言ってやる。

「好きだよ、ジェームズ」
最初にジェームズに言われた言葉をふと思い出した。俺が居れば、世界が滅んでもいいという言葉。
最初は驚いたが、考えてみれば俺も同じ気持ちかもしれない。
というか、俺の世界はお前で出来ているのだから、お前がいなければ意味がない。
お前が傍に居てくれるのならば、俺はどうなっても構わない。

だから、
「俺も、お前さえ居てくれれば、世界が滅んだって構わないよ」



出来れば、死ぬ時も一緒でありますように。











『君さえ居てくれれば、世界が滅んだって構わない』