学生時代から、俺の親友であり半身の元を訪れたのが30分前。
彼の家で、彼の妻(俺にとって愛すべき友人でもある)が淹れてくれた紅茶を飲みながら、彼と向かい合って座り、他愛もない話をしていた。
少し前にリリーとハリーは出かけてしまった。いきなり訪れた俺のために、ご馳走を作ると張り切って買い物に行ってしまったのだ。

「わざわざ張り切らなくてもいいのにな」
いきなりポッター家に来るのなんていつものことだし、それについ2週間前にも来たばかりなのだから、久しぶりに逢うというわけでもないのだ。
何もそんなご馳走にしなくても。いつも通りの食卓でいいのに。

「僕にとって君に逢えない2週間は長かったけれどね」
「学生時代は毎日逢ってたけど、卒業してからはこんなもんだろ?」
一緒に寮生活をしていた頃は毎日顔を合わせていたが、今はジェームズには家族がいて、俺も仕事があって、お互い社会人をしているのだ。
逢える時間だって限られてしまうのは仕方がないこと。

「それでも寂しいんだよ」
「何子供みたいなこと言ってるんだよ」
「……僕たちも三十路だね」
「何を今更」
「そして我らがハリーも、今年ついに11歳を迎えるわけだが」
「誕生日もうすぐだな。盛大に祝ってやらないとな」
そう、11歳と言えばホグワーツ入学の年でもある。記念すべき年なのだ。それはそれは盛大に祝わなければ。
誕生日パーティはどういう風にしようか。
何かサプライズ的なことでもしてハリーをびっくりさせてやろうか。プレゼントは何にしよう。
リーマスとピーターとジェームズと俺で、何か楽しいことが出来ればいいのだけれど。
…セブルス、は、リリーが招待するだろうがまぁ多分来ないだろう。…何かプレゼント的なものは贈ってくるかもしれないが。
とりあえず届いたら何か仕掛けがないかどうかはちゃんと調べないとな。
そう言えばあいつホグワーツで先生してるんだっけか?ハリーは苛められないだろうか。とりあえず身を守るすべだけでも教えておくべきか。
何かされなくても、やられる前にやっておけ。セブルスなんかに負けるなよ、ハリー。

「それでね、この間ホグワーツから入学案内の手紙が届いたんだ」
「お!それはめでたいな!」
「そしたらリリーが、今度シリウスが来たら一緒にお祝いしましょうね!って張り切っちゃって」
だから今日はご馳走なんだよ、なんて楽しそうにジェームズは笑うけれど、正直俺には意味が分からなかった。

「何で俺が来たら?手紙が届いた日に祝えばいいじゃないか」
俺がいつ来るかなんて分からないのだから、そんな不確定な日を待たなくても、すぐに祝えばいいのに。
そう答えるとジェームズはあからさまに不機嫌な表情になった。口を尖らせながら、言った。
「君は僕たちの家族なんだから、お祝い事は一緒に祝って当然だろ」
「…っ、そか、うん。ありがと」
家族、それは彼から何度も言われた言葉だけど、いつ聞いても嬉しくて恥ずかしい。

家族というものにいい思い出がなかった俺のために、彼がいつも言ってくれる言葉。
ブラック家を捨てた俺を、受け入れてくれた温かい家庭。
その温もりがとても照れくさくて、はにかんだ笑顔を浮かべながらジェームズを見れば、ジェームズは軽く溜息をついた後、小さく笑った。
「本当に君はいつまでたっても可愛いね」
「そういうことはリリーに言ってやれ」
「心配せずとも毎日言ってるよ」
「あ、そう」
うっかり惚気られている現状に肩を竦めて、俺は紅茶を一口飲んだ。
ん、やっぱりリリーが淹れてくれる紅茶は美味しい。
ジェームズも紅茶に口をつけて、カップを置いて笑顔を向けてきた。

「というわけで、今度ダイアゴン横丁まで買い物に行くからシリウスも一緒に行こう」
久々にデートでもしようじゃないか、なんてウインク付きで言われて、俺は思わず吹き出してしまった。

「お前、恥ずかしすぎるだろ」
「なんだい。笑うなんて失礼だな」
「30過ぎた男にウインクされても鳥肌立つだけだっての」
「30過ぎたからこそ色気があるだろ」
「お前は色気なんて柄じゃないだろ」
「そうだね。色気は君の担当だ」
「なんだそれ」

そうして2人で笑い合う。
学生時代から変わらないこのやりとりが楽しくて、俺は自然の顔が緩む。
けれどふいに、ジェームズが真剣な眼差しで見つめてきて、驚いた。
俺は、視線が外せなくて、戸惑いながらジェームズの顔を見つめる。

「ねぇ、シリウス」
「…なんだよジェームズ」
「だいぶ前に1度言ったことだけど、今、もう1度言ってもいいかな?」
「……何?」

あまりに真剣なので、少しだけ、不安を抱えてジェームズの言葉を待つ。

「僕たちと、一緒に暮らさないか」

「…っ」
それは、彼らが結婚したばかりの時に1度言われた言葉。
「君は僕たちが新婚だからって理由で断ったけど、もうハリーも11歳だ。僕たちだってもう新婚じゃない」
だから、家に来いと、真っ直ぐな瞳が告げてくる。
その誘いは俺にとってとても嬉しいものだ。
今だって再び誘ってくれたことに戸惑いはしているけれど、本心では凄く嬉しい。
家族の温かさ、というものを知らずに育った俺にしてみれば、ここには理想がたくさん詰まっている。
「…でも、」
「でも?」
折角の夫婦の間に入るのは、正直気が引けるのだ。折角愛し合って結ばれた2人なのに俺がいては邪魔だと思うし。
やっぱり家族はこの3人なのだから、3人で暮らすのが当たり前の姿だと思うのだ。
ジェームズは俺のこと家族だと言ってくれるけれど、でもやっぱさ、違うだろ?

「違わないよ」
しどろもどろになりながら俺の思いを伝えれば、一刀両断されてしまった。
何か言い返そうとするが、真っ直ぐ見つめてくる瞳に怯んでしまい、言葉が出てこない。

「僕は、リリーもハリーもシリウスも、同じくらい愛してる。それは2人にとっても同じだと思うよ」
確かに、3人とも俺を大事にしてくれるのは凄く分かる。
いつもいきなり訪れる俺優しく迎えいれてくれる3人。いつも笑顔で迎えてくれる、家族。
俺のことを大切に想ってくれているのは分かるけれど、

「シリウスは、僕たちのこと愛してくれていないの?」
「…そんなことない。俺だって、リリーもハリーも、ジェームズも愛してる」
「ねぇ、シリウス。僕たちは家族なんだよ」
ジェームズは立ち上がり、俺のすぐ目の前に跪いた。手を取られて、見上げながら俺の顔を覗き込む。
俺は身体が動かせなくて、ジェームズを見つめることしか出来ない。
されるがまま、ジェームズの口元に左手が運ばれていく。

「家族は一緒に暮らして当然、だろ」
言われて、ジェームズは俺の左薬指の付け根に軽くキスを落とした。
一気に動揺する俺。顔が、熱を持つ。
「な、…!ジェームズ…!!」
「ただいまー…って何やってるのよ?」
「…父さん?」
ドアが開いて、明るい声が響いたと思ったら、それはすぐに訝しげな声色に変わった。
それもそうだ。確かにこの状況はおかしすぎる。
ソファに座る俺の前に跪いている、ジェームズ。
俺は焦りで顔は青くなるばかり。何とか言い訳をしよと口を開こうとしたが、それよりも先にジェームズが笑いながら答えた。

「おかえりリリー、ハリー。今シリウスをプロポーズしてるところなんだ」
「な…!違…!!」
変な言い方をするなと、誤解されては困ると思って凄く焦ったのだが、それを聞いた瞬間リリーの表情はみるみる明るくなった。
「まぁ!じゃあ、やっとシリウスも一緒に暮らすのね!」
「それがまだ返事はいただけてないんだよリリー。何しろシリウスは照れ屋さんだからね」
「え、何でこのタイミングなの?僕もうすぐホグワーツに行っちゃうのに!一緒に暮らせないじゃないか」
「でも帰ってきたらシリウスが待っててくれるんだよ、ハリー」
「…それは凄く魅力的だね父さん」
「だろう?まぁシリウスの気持ちの整理が付くのに10年以上もかかってしまったわけだが、もうそろそろいいだろ?ね、シリウス」
話の展開についていけずに固まっていたら、凄くにこやかにジェームズに笑いかけられた。
次いでリリーとハリーも嬉しそうに俺に笑顔を向ける。


ちょっと、ちょっと待ってくれ。話の展開についていけない。
くらくらする頭を抑えながら、3人を見た。
「…なんだよ。もう俺がここで暮らすことは決定なのか?」
3人の会話を聞いていて、とりあえず理解が出来たのがこのことなので、口に出して問い掛ければ3人とも凄く笑顔で声を揃えて言った。


「「「家族は一緒に住むのが当たり前でしょう?」」」

なんだか凄く嬉しくて照れくさくて恥ずかしくて、涙が出そうででも泣くものかと必死に堪えて。
俺も、3人に笑顔を向けた。

有難う。本当に有難う。
3人がいてくれて、俺は凄く幸せだ。
本当に、大好き。





『ずっと前から家族だよ!』










ねぇ、シリウス。
君には幸せになって欲しいんだ。
家族の温かさを知らずに育った君に、今からでもたくさんの温もりをあげたいんだ。
君が少しでも多く幸せになれるように、僕に出来ることはなんでもしたい。

それに君が傍にいてくれると、僕もリリーもハリーも凄く幸せになれるんだよ。
だって僕たちは、君のことが大好きなんだから!

















――――
もしも生きてたら話。