「渋谷?」
呼びかけても、返事はない。
全く…と呟いて溜息を零す。だけど口元は緩んでしまう。

先ほどまで英語の問題に四苦八苦していた親友は、今は夢の中。
机に突っ伏して、教科書の上で眠っている。
そんな体勢で寝たら、辛いだろうに。

「渋谷ー。寝るならふかふか布団の中にしなよー」
今日は僕の家にお泊りだから、別に寝込むのはいいんだけど。
だけど、僕一人で渋谷を布団の中に連れて行けるはずがない。

眠かったのなら、一言言ってくれれば勉強なんてやめたのに。
英文を解読しようと、ずっと教科書を睨みつけてたから、僕はずっと本を読んでいて。
せっかく泊まりに来たのに、もったいない。
もっと、色んなことを話して。
普段とは違う君が見たかったのに。

しょうがないよね、と溜息をもう一つ零す。

「しーぶーやー。風邪ひくよー。風邪ひいたら大好きな野球も出来ないよー」

「んー……。よっしゃあ…3アウト……」
嬉しそうに笑いながら、寝言を言われて、僕もつられて笑ってしまう。


「渋谷ー。起きてよー」
くすくすと笑いながら、呼びかける。

「起きてくれないと。僕、君を運ぶことなんか出来ないんだからねー。」

これだけ言っても、君は幸せそうに眠り続ける。
幸せそうな寝顔が微笑ましくて。


「渋谷……」
その寝顔に見入ってしまう。

ああ、君って結構まつげ長かったんだ。ほのかに震える瞼が、可愛らしい。

次第に顔は近づいて、そっと、彼に触れる。

「ん……」
眼鏡が当たって痛いのか、渋谷は眉を顰めて。
その時、僕は自分が何をしていたのかを気づき、慌てて身体を離す。

脈打つ鼓動は、いつもより比べ物にならないほど早い。

熱を持っている、自分の唇に手を触れた。
そこは、先ほど彼に触れた部分。
「……何してるんだよ、僕は…」

呆れた声が、だけど少し泣きそうな声が出て自嘲的に笑う。

「んー……」


お願い、まだ起きないで。
もう少し、心臓が元の速さに戻るまで待って。
顔の紅みがひくまで、待って。









『起きてよ』