空には月と無限の星と。 地には静かな波。 『月夜の挨拶』 「何してるんですか」 背中に掛けられた声に、思わずビクついた。 ほとんどは寝静まって、少しの人数しか起きていない静かな夜。 なんとなく眠れなくて、寝ているサラに気を使いながら部屋を出てきたのは先ほど。 「…何だよ」 思わず冷たい声で返してしまう。 「おれが何してようとあんたには関係ないだろ?」 後ろを振り向かずに、海に向かって声を出す。 おれの少し後ろで足音が止んだ。これが彼とおれの今の距離。 前ならおれの隣に来て一緒に海でも星でも見たのにな。 「ヨザックはどうしたんです?」 「…いないってことは船ン中見回ってるんじゃねーの?」 おれが部屋から出てきても、ここに一人でいてもヨザックが出てくる気配がなかったから。 多分ちょうど良くヨザックが見回ってるときに部屋を出てきてしまったのだろう。なんともタイミングの悪いことだ。 そんなおれの言葉に、多分彼は眉を少し吊り上げたんだろう。 何となくわかってしまうことが、嫌だけど、嬉しい。 「こんな夜中に一人で出歩かないでください」 ああ、前にも言われたっけな、その言葉。 おれが寝付けなくて城の中を歩いていたときに言われた言葉。 その後笑顔で眠れるまでおれに付き合ってくれたっけ。 コンラッドの部屋で、眠るまで話したコトがふいに頭をよぎる。 頭を振って、その考えを忘れようとした。 …忘れることなんて、出来ないけど。とりあえず一時的にだけ、頭の外にいってほしい。 「あんたに心配される筋合いなんてないね。あんたはサラの護衛だろ?おれのところなんか来る前にちゃんと仕事しろよ」 海に向かって、吐き捨てる。 本当は、傍にいたい。話していたい。 眠れないんだよ。前みたいに、付き合ってほしい。 だけどそれも、叶わぬことで。 「……そうですね」 答える彼がどんな顔をしているのか、全然わからない。 前なら、見てなくてもわかったのにな? 「ですがここは冷えますしそんな薄着だと風邪をひきます。早く部屋に戻ってください」 …なんで、彼は今でも心配してくれるのだろう。 あんたが仕えるのは、おれなんかじゃなくて、サラだろ?おれなんかほっとけよ。 静かに波を立てている海が、何だか憎らしかった。 静かに吹く冷たい風が、何だかうっとおしかった。 背中にかかる、温かい物。 「…早く、戻ってくださいね」 後ろから掛けられたものは、彼の上着。 「コン…っ!」 「坊ちゃん!!」 驚いて振り向いたけれど、彼はもう後ろを向いて歩き出していて。 名前を呼ぼうとしたけれど、少し遠くから掛けられた声に掻き消されてしまう。 今ならまだ、手が届く。腕を伸ばせば彼に届くだろう。 服の裾を握り締めて、離れさせたくない。傍にいてほしい。 伸ばしかけた腕を、何とか引っ込めた。 駄目だ、彼は今は敵なんだから。以前のようなことは、出来ないのだ。 彼の背中を見つめながら、伸ばしかけた右腕を左手で抱きしめた。 そして、肩にかけられた彼の上着を握り締めた。 「ばかやろぅ……」 上着の温もりが、泣きたいほど温かくて。 思わず視界が霞んでくる。 「坊ちゃん!いきなりいなくなるから心配しましたよ!」 駆け寄りながら、そう叫ぶヨザック。 本当に心配かけたんだろうな。彼らしくなく、少し慌てた様子で。本当におれを見つけて安心してるって感じがする。 だけどおれは今謝る余裕もなくて、上着を握り締めたまま零れそうな涙をなんとか堪える。 そんなおれの様子を見て、駆け寄ってきたヨザックはおれのすぐ前に立ち止まって、頭に手をのせた。 「大丈夫ですか?」 上着と去り行く背中とで、大体のことは把握したんだろう。 優しく問いかけてくる声が、凄く切ない。 「…っ大丈夫だよ!なんともない!」 勢いよく顔をあげて、笑顔を作った。ちゃんと出来てるか、不安だけど。 多分そんなに上手くは出来ていないんだろうな。ヨザックの表情は硬いまま。 だけどすぐにおれに笑顔を向ける。 「…んもぅ!坊ちゃんったら!今夜はグリ江、坊ちゃんのこと寝かせないわよ!」 「何だよ、それ」 今度は心からの笑い。 ヨザックの笑顔が、泣きたいほど嬉しかった。 大丈夫、やっていける。一人で歩ける。 もう手を伸ばしたりしないから。傍にいてくれなんて頼まないから。 だけど今夜は。今夜だけは、この温もりに甘えてもいいですか? おやすみなさい、と海に向かって小さく呟いた。 +++ おやすみなさいはお別れの意味で。 書いてて泣きそうになってしまいましたよ(笑)グリエ優しいなぁ…(しみじみ/何 早く帰ってこーい。(二度目) |