「もうあげませんよーだ!」
ふん、と顔を逸らされる。
そんな態度を取られても…。僕にどうしろって言うのさ。

「だからごめんってば」
「嫌です!許しません!」
目の前の相手は僕から顔を逸らして、僕の方なんか見向きもしない。そんな彼が今持っているのは、彼が作ったというクッキーが山ほどのった、お皿。

勢いよく顔を逸らしたけれど、お皿の上のものは落ちなかったようだ。
とりあえず安堵して、そして彼の顔を見て呆れた。

「ごめんってば」
「許しません」
さっきからこれの繰り返し。全く前に進まない。
謝っているのに、相手にされないなんて。

「…僕にどうしろっていうのさ」
無意識にそう呟いたら聞こえていたのか、レイが勢いよく僕の方を向いて、そして手を伸ばしてきた。

「だから、あーん」
「……っ!!だから、嫌だってば!」
思わず顔を紅くしながら答える。そんな恥ずかしいこと出来るわけ無いだろ、バカ!

「何でですか!僕が嫌いなんですか!?」
「そういうことじゃなくて!!」

何でレイの手からクッキーを食べられなかっただけで、レイが嫌いだということになってしまうのだろう。
その発想に少し呆れて、小さく溜息。

「…何ですか、そんなに僕と一緒にいるのが嫌なんですか」
「誰もそんなこと言って無いだろ!」

本当こいつと一緒にいると疲れる…。脱力して、椅子にもたれこんだ。

「…何でそんなことしなきゃいけないのさ?」
恥ずかしくて、迷惑極まりないことを、何故そんなうきうきでやろうとするのだ。
しかもここは外で、誰が通ってもおかしくない場所。そんなところで2人でお菓子を食べているのも恥ずかしいのに。

「シヴァこそ、何でそんなに嫌なんですか?」
横目で不機嫌丸出しで、言われる。そんな目をされても。

「嫌なものは嫌なんだよ!」
「僕だって、食べて欲しいものは食べて欲しいんです!」

ああもう、話が進まない。
僕は目の前のテーブルに肘をのせた。ここはレイが作ったとかいうテラスで、近くには花畑が広がっていて、とても奇麗だ。
そんな花畑を見て少し気持ちが穏やかになったのか、緩んだのか。思わずポツリと呟いてしまった。

「…恥ずかしいよ」

レイの作ったものは何でも美味しいし、とても好きだ。それを食べるのも凄く好きだし、何よりレイの作ったものを嫌がるわけがない。
レイが嫌だから断るわけじゃなくて、ただちょっと、いやかなり恥ずかしいというか…せめて場所を考えて欲しい…と思う。
だからといって2人きりの部屋でされても嫌だけど!それはそれで恥ずかしいけど!

とりあえず恥ずかしいんだよ!嫌いだからだとかそういうわけじゃなくて!


「すぐ慣れますよ」

しれっとした顔で言われて、思わず固まる。僕の葛藤をそんな簡単に断ち切るなんて。

「恥ずかしいものは恥ずかしいんだから仕方ないじゃないか!っていうか慣れたくないしこんなこと!」
叫んでも、レイは不機嫌な顔で僕を見て。
何さ、もっと僕のこと考えてくれてもいいんじゃないの?

「とにかく!嫌なものは嫌なの!普通に食べるからクッキー返してよ!」
一応お茶に誘われてきたんだし、とにかくその目的は果たそうと思ってクッキーを要求するけれど、レイは顔を逸らして。
そんな態度に、困るのは僕。
こんなことされてるんだから、いっそ帰ったりとか怒ったりとかしてもいいと思うけれど。
出来ないのは、やっぱり目の前のやつが好きだからなんだろうなぁ、と小さく溜息。
なんで、こんな奴好きになっちゃったんだろう…。自分は大人な人がタイプだと思っていたのに。

どうしようかな、とまたテーブルに頬杖をついて花畑を見た。
風に揺れている花はこんなに奇麗なのに、僕の気持ちは全然和まない。

どうしたら機嫌を直してくれるのだろうか。…クッキーを彼の手から食べればすぐ終わるだろうが、それだけは嫌だ。
そんなことしたら恥ずかしすぎて死ぬ…。
心から申し訳ないと謝って、どうして駄目かを丁寧に説明しれば、少しは解ってくれるだろうか。

どうしてこんなに恥ずかしがっちゃうかというと、やっぱり僕がレイを意識しちゃってる所為だろう。
意識しちゃってるというか、意識しすぎてる。
彼に触れられるのだって未だ慣れない。恥ずかしくて、本当に頭が破裂しそうになるのだ。

なんでこんなに意識しちゃうのかというと、やっぱり彼が好きだからで。
結論的に言うと、彼が好きなのだ。嫌いなどと、冗談でも言って欲しくない。

気づいてよ、バカ。

そう心の中で呟いたときに、パキっといい音がした。
その音に反応して顔をあげれば、レイが手にしていたお皿からクッキーを一枚取って口に入れていた。

「あー!」
驚いて、声をあげる。
僕にはくれないくせに、自分は食べちゃうのかよ!
僕はこんなに悩んでいたというのに、酷すぎる。

「ちょっと、レ…」
レイ、何してるんだよ!と続けようとした言葉は、音にすることなく消えてしまう。
それは、レイに腕を引っ張られてキスをされたからで。
驚いて顔を離そうとするけれど、頭の後ろに手を回されて、逃げれない。

「ん、んー!!」
開いているもう片方の手でレイの肩を押し返そうと試みるけど、全く動かない。
酸欠状態で意識が朦朧としだしたときに、やっと解放される。
その頃には、僕の身体は力が入らなくて。椅子に倒れこむように乗りかかる。

「なに、すんだ、よ!」
思わず目に涙が溜まってしまったけれど、拭う気力もない。彼を睨みながら、息をきらしながら叫んだ。

「手が駄目なら、口ならいいのかと思いまして」

何でそんな発想になるのさ…っ!?

呆れて物も言えないとはこういうことだろうか。一瞬怒りがこみ上げてきたけど、嬉しそうに微笑む彼の顔を見たら、怒りを通り越して呆れてしまった。

ああもう、本当レイには敵わないよ。


どうしてこんな奴好きになっちゃったんだろうなぁ。

と思っても、だけどやっぱり好きなんだよなと思ってしまう。


大きく息を吐いて、呼吸を整えて、椅子に座りなおす。顔を少し緩めながら、彼の方を向いた。
「もういいでしょ。早くクッキーちょうだい…って、ああ!」
「どうしました?」
「僕の、クッキー…っ!!」

彼の足もとで、無残に散らばるクッキーの数々。一体いつの間に、こんな無残なことになってしまったのだ。

「ああ、思わず落としてしまいました」
「思わず、じゃないだろ、バカ!全部台無しじゃないか…っ!」

そういえば、確かに彼は両手を使って僕を抑えてきていた。僕を抑えるためとはいえ、クッキーを地面に落とすなんて。

「レイのバカー!!まだ全然食べて無いのに!!」
「シヴァが意地を張って食べてくれなかったのがいけなかったんです」
「誰もクッキーを食べないなんて言ってないだろ!?ただレイの手からは食べたくないって言っただけで、クッキーは楽しみだったのに…っ!」

思わずクッキーの元に駆け寄って、一枚一枚拾っていく。全部土がついてしまって、とてもじゃないが食べれそうに無い。
ああ、クッキー…。僕のクッキー…。

「また焼きますよ」
項垂れていた僕に、レイが言う。
「当たり前だよ!レイの所為で…っ」
叫びながらレイを見たら、本当に嬉しそうに微笑んでいたから驚いた。

驚いて思わず凝視してしまっていたら、レイもしゃがんで落ちたクッキーを拾い集めながら言った。
「そんなに僕のクッキー食べたかったんですか?」
確かに、そうだけど。…よくよく考えると、僕はとても恥ずかしいことを言ってしまったのでは…?

「あああああ!!確かに楽しみだったけど!だけど別にいやそんなことは…あるんだけど……」
穴があったら、入りたい。

顔は真っ赤で頭は破裂寸前。なんとか言い繕ってみようと試みるけど、本当のことだから、何もいえない。

「それじゃあ、今から作りに行きましょうか」
僕が慌てている間に、クッキーを拾え終えたらしいレイが、立ち上がってそう言った。
頭を抱え込んでいる僕に向かって、ちゃっかり手まで差し出しちゃって。
…握れ、ということなのだろうか。
恥ずかしい、本当に恥ずかしい。心の底から恥ずかしい。

だけど、こんなに嬉しそうに微笑まれたら…断るに断れないじゃないかっ

指先だけ触れるように手を差し出したら、レイに手を握られて、引っ張られながら立ち上がる。

「今度は僕の手から食べてくださいね」
「ば…っ!!」
「それとも、また口からがいいですか?」
「何言ってるんだよ!」

何でこうも恥ずかしいことがけろっと言えるんだろうか。

恥ずかしくて心臓が早くて顔は真っ赤で頭は破裂しそう。
振り回されてばっかりの自分が悔しいけど、だけどやっぱり好きなんだよなぁと思った。





とりあえず、クッキーくらい大人しく食べさせてくれない?









『クッキー』






――――――――  
我が侭なレイ様が書きたかったんです。