『いつもと違う』 なんで、僕が。 そう思いながらも逆らえなくてしぶしぶ足を動かす。 たまたま通りかかったらレイとその他大勢が集まっていて。 レイに声を掛けられて、言われた言葉はシンを呼んでこい。 皆でお茶をするんだかなんだか知らないけれど、何故僕が行かなければならないのだ。そう抗議したけれど、聞いてもらえず。 強制的に、シンの元に向かわされているわけだ。 レイ勝てなくて、渋々ながら向かっているけれど。 心から思う。何で僕なんだ。 僕は別にあいつらとお茶を飲むわけじゃないし。ただ通っただけであって、…目的地があったわけじゃないけど。 そりゃあ、僕にとってシンは特別な相手だし、シンも僕をそう思ってくれているだろう。 そんな間柄だけど、レイの使いをさせられるのはなんだか悔しいのだ。 溜息をつきながらも、どうやらシンの部屋の前についたらしく。 目の前の扉を見つめて、少し躊躇われたけれど、覚悟を決めてドアをノックした。 …なんでシンの部屋の扉を叩くだけなのに、こんなに緊張しているのだろうか。 自分の反応が不思議で、軽く頭を捻るが結局答えは出ず。 シンの所為だ、とよくわからないながらも適当に理由を付けて、ドアを見つめた。 反応は、なし。 何、いないの? ここまでやってきたのにいないなんて、と少し腹を立てながら、もう一度ドアを叩く。先ほどよりも、強く。 すると中から微かに応えがあって、足音が近づいてきた。 「はい?」 そう言いながら開けられたドアから出てきたのは、いつもと違うシン。 さらりと肩から髪が流れるように滑り落ちる。 いつもは纏められている髪の毛が、今は何もされていない。 驚いて、言葉を失ってしまう。 いつも髪の毛は縛られていて、この姿の彼を見るのはいつもベッドの中で。 その時のことを思い出して思わず恥ずかしくなるが、それを押しのけるくらい、思ってしまったことがあった。 格好、いい。不覚にも、格好いいと思う。 「シヴァ?どうしました?」 訝しげにシンに尋ねられて、ふと我にかえる。 そして思わず見惚れてしまった自分が悔しくて。 「なんでもないっ!」 叫んで、視線を逸らした。 何で、そんな格好してるんだよ! 色々恥ずかしくて、心の中でそう叫ぶけれど、早くなった心臓は元に戻らない。 「どうかしたんですか?」 とりあえず用件だけ言って早く去ろう。今のシンは、心臓に悪い。 「レイが…っ皆でお茶するからシンも来いって!それだけ!」 よし、これでもうここに用はない。早々に立ち去ろう。 「それじゃ、僕行くか…」 「少しあがっていきません?」 僕の言葉を遮るように言われて、僕は立ち去るに立ち去れなくなってしまう。 「……レイが呼んでるんだけど」 そう言いながら横目で彼を見れば、いつものように微笑む彼がいて。 「少しくらい大丈夫ですよ」 「でも、レイだけじゃなくて皆いたし…っ早く行った方がいいんじゃないの?」 「大丈夫ですよ。それに私、まだ何の仕度も出来てませんから」 見れば、着ている服はいつも寝ている時に着ているものだ。 「……でも、」 「嫌ですか?」 そう尋ねられたら、僕が返せる言葉なんて一つしかないのを分かって言っているんだろう。 悔しいけれど、これ以外に言える言葉などない。 「別に、嫌じゃないけど…」 「それじゃあ、どうぞ」 そう微笑みながら招き入れるシンに逆らえなくて、渋々ながら部屋に入っていった。 招き入れられて、仕方ないのでソファに座り込む。 「少し待っててくださいね」 なんて言いながら、シンは台所の方に消えて。 僕としては早く立ち去りたいのに。というか呼ばれてるんだから早くレイのところに行けばいいのに。 そもそも、 「何でそんな格好なわけ?」 髪の毛はほどかれていて、服は寝巻きで。 「さっき起きたばかりなんですよ」 苦笑しながら言われた言葉に、少し驚く。 もう陽はとうに真上に昇ったというのに。寧ろ、傾きだしているというのに。 「もうお昼も終わったよ?」 「ええ。ですが私はこれから朝食なんです」 そう言いながらパンと、僕に紅茶を持ってきて、僕の向かい、テーブル越しの床に座った。 そんな彼の行動に、少し眉を寄せる。 「…隣座れば?」 そんな、床に座らなくてもいいじゃないか。ソファはまだあいているというのに。 今更僕に遠慮してるとかそういうことだったら怒るよ? 僕が不機嫌そうに言ったからか、シンは苦笑してすいませんと言いながら僕の隣に座った。 ……隣に座れと自分で言ったけれど。 隣でシンが動くたびに、ほどかれている髪も動いて、そんなに広くないソファだからか、時折彼の髪が身体に触れてくる。 ソファ対して高さが無いテーブルに向かうたびに髪が流れ落ちて、そのたびに彼は髪を背中に回しているためだろう。 ああもう、正直やめて欲しいんだけど…! この髪型が、どうもあのときを思い出させてしょうがない。 起きたばかりと言っても、せめて髪を結うくらいは出来ないのか。 うっかり緊張してしまって、身体を小さくしてしまう。 だけど、これではシンに不振がられるだろう。なんとかして誤魔化そうと、シンに話しかけた。 「何でこんなに寝てたの?」 いつもは僕より早く起きているくせに。 シンは紅茶を啜って、飲み込んでから言った。 「昨日ついうっかり本に夢中になってしまいまして、気づいたら明け方だったんですよ」 あ、それじゃあもう昨日じゃなくて今日ですね、なんて付け加えながら、シンは持ってきていたものを全て食べ終えて、紅茶を再び啜った。 どれだけ本に集中していたというのだろう。 少し呆れてしまう。 シンは紅茶を飲み終えて、カップを置いた。 そして僕の方を見る。僕は驚いて、思わず後ずさる。 「それで、シヴァ」 「な、なにっ?」 僕が逃げないようにか、左腕を掴まれる。 「どうかしたんですか?少し様子がおかしいようですけど…」 「べ、別に!?そんなことないよ!」 「そんなことあります。何かありました?」 「なんでも…」 「シヴァ」 誤魔化そうとするけれど、シンは真っ直ぐ僕を見て真面目な顔をしている。 うっかり視線を合わせてしまった自分に後悔。だから、恥ずかしいんだってば! せめて髪の毛を縛ってよ、と心の中で思うけれど、口には出せない。 そんなことを思っていることが悔しくて。 「そ、それよりさ!早く仕度してレイたちのところに行きなよ!待ってるよ!」 「シヴァ」 呼ぶと同時にシンは僕の左腕を引っ張っていて。力のままに引っ張られ、僕はシンの身体に抱きとめられる。 「シン…っ!」 驚きと恥ずかしさで、彼の名前を呼ぶけれど、彼の空いている方の手が背中に回されて、離れられない。 「どうしたんですか?」 そう耳元で囁くように言われて、身体にゾクっとしたものが走る。 …っ!分かっててやってるだろ…っ! どうした、と尋ねているけれど、シンは僕の様子が変な理由に気づいているのだ。その証拠に、シンは楽しそうに笑っている。 悔しくて恥ずかしくて。 僕は掴まれていない右手で、シンの髪の毛を掴んで思いっきり引っ張った。 「痛っ」 そう言うと同時にシンの僕を拘束する力が弱まって、その隙に僕はシンの腕から抜ける。 「だから、レイが呼んでるんだってば!シンが行かないと呼びに行かされた僕が怒られるだろ!」 ソファから立ち上がって、叫んだ。 シンは少し痛がっていたが、僕を見て仕方なさそうな顔をした。 諦めたように小さく息を吐いて、シンは言った。 「それじゃあ、行きますか」 着替えてきます、なんて言いながらシンは立ち上がって。 シンの態度に少し気が緩んでしまったのか。いきなりの行動に対応出来なくて少し混乱する。 いきなり、再び腕を掴まれたかと思ったら、引っ張られて今度は唇に何かあたって。 それがシンの唇だと気づいたときにはもう遅くて。しっかりと拘束されてしまって、抵抗なんて出来ない。 「ふ…」 深い口付けに、戸惑う。とにかく恥ずかしくて、きつく瞳を閉じれば、シンが笑ったような気配がした。 だんだん身体の力が入らなくなって、僕はシンにしがみ付く。するとシンの僕に回す腕に、少し力が入ったように感じた。 しばらくその状態で、それからゆっくりと離れる。 僕は息があがってしまって、とにかく酸素を求めて荒い息を繰り返した。 そんな僕の頬にシンは軽く口付けて、そして耳元で囁いた。 「続きは、帰ってきてからしましょうか」 瞬間僕の顔は真っ赤になって、だるくなってしまっている身体をなんとか動かして、シンから離れた。 「何言ってるんだよ!」 「待っててくださいね、今着替えてきますので」 「僕の話聞けよ!」 叫ぶけれどシンは気にした様子もなく隣の部屋に引っ込んでしまって。 僕は脱力してソファに倒れこむ。 髪を下ろしているシンなんて。 格好いいなんて、絶対言ってやるもんか。 ハァと、溜息をついてシンが出てくるのを待った。 絶対言わないけれど。 やっぱり格好いいよ。悔しいから絶対言わないけどさ。 ―――――――― 髪ほどいてるシンにときめいてるシヴァが書きたかっただけです。 髪ほどいてるシンって、格好よくありません?…そうです、私がときめいてるんです。(笑) 髪の毛ネタ2個目ですけど、許してあげてください。そしてこれからも続くかもしれませんけど、暖かく見守ってあげてください。 シンが規則正しい生活を送る人だったらどうしよう、と少しドキドキですが、まぁ気にしないっ!(開き直り あ、シンの紅茶はきっとティーパックです!(笑) |