中庭を2人で歩いていた。
家の外に出ることを許されないここの息子が、唯一外に出られる場所。
花壇に咲いている花たちは、風に吹かれてそよそよと揺らいでいる。
こんなにも花たちが奇麗に咲いているのは、庭師のおかげだろう。本当に、あいつ熱心に世話してるからなぁ、といつも花壇に向かっている彼を思い出して、小さく微笑む。

「ガイー」
物思いにふけっていたら、名前を呼ばれて視線を落とす。
服の袖を引っ張って、注意を引かせようとしている、ルーク。
ついこの間まで、歩くことも話すことも出来なかった彼が、言葉を覚え、歩けるようになるまでどれほどかかっただろう。
それをずっと面倒みてきた自分としては、そんな彼自身が、可愛いと感じてしまう。
これが親心なのだろうか。と小さく苦笑する。
自分は復讐のために、彼の家族を、彼自身を殺すためにここに来たというのに。
見た目よりも中身が少し幼くなってしまった彼は、腕を伸ばして、花壇を指差していた。

「ん?どうした?」
「あれなにー?」
正確に言えば、花壇の花の周りを飛んでいる、蝶々を指差していた。

「ああ、蝶々だよ。花の蜜を吸ってるんだ」
「ちょうちょう?」
「そうそう」

ポン、と彼の頭に手を当てて、そのまま撫でる。
紅い髪が擦れる音と、嬉しそうに笑う彼の声が聞こえる。

ルークは面白そうに蝶々を眺めていて、そんなルークを俺は眺める。
誘拐される前と、今じゃ本当に全然性格違うな。などとしみじみ考える。
前は性格は少し硬くて、ナタリア姫を連れて勝手にいなくなったりと、色々しでかしていたのに。
こんなにも変わっちゃうもんなんだなぁ。昔の記憶を失うってのは。
…いつかは、ルークも昔の記憶を思い出して、昔のように戻ってしまうのだろうか。

「あ」
考え込んでいるところにルークの声が聞こえてはっとする。ルークの顔を見れば、驚いた顔。
「ちょうちょう、どこかいっちゃった!」
言われて花壇に視線をやれば、飛び去っていく蝶々が見える。
「どこいっちゃうの?」
「うーん。どこ、と言われても…」
見ていれば、蝶々は上手い具合に隙間を通過して、中庭から屋敷の外へと出て行く。
「おそといっちゃった…」
残念そうに、寂しそうに言って、ルークは俯いた。

それは、自分は外に出られないからだろうか。それとも、蝶々にずっとそばにいてほしかったからだろうか。

俺は、いつまで彼のそばに居られるんだろう。

彼のそばにいられなくなったら、彼は今のように悲しんでくれるだろうか。


なんてことを考えてるんだ、俺は。
小さく自嘲する笑いを零して、また笑顔の仮面をつける。

「ルーク、そろそろ勉強の時間だから戻ろう」
「えー。やだー!」
「やだじゃない。終わったら、ケーキ作って持っていくよ」
「ほんと!?わかった、まってる!」

嬉しそうに微笑むから。だから思わず、俺の仮面が少しはがれる。
つられて俺も笑いながら、手を握って、ルークの部屋へと向かった。




いつかはそばにいられなくなるけれど。
ただ今は、手を握り返してくれる温もりを、放したくないと思った。






『蝶々』







――――――――
ガイは親バカだと思います。